大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成5年(あ)139号 決定 1996年2月27日

本店所在地

大阪府東大阪市高井田西二丁目一番一八号

日之出金属熱錬株式会社

右代表者代表取締役

谷口弘

本籍

大阪府東大阪市河内町三三四番地の一

住居

同東大阪市河内町五番一二号

会社役員

谷口弘

大正三年七月一四日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成四年一二月二五日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人両名の弁護人大槻龍馬、同浅野芳朗、同岡恵一郎の上告趣意は、憲法三一条、三二条、三九条違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

平成五年(あ)第一三九号

上告趣意書

法人税法違反

被告人 日之出金属熱錬株式会社

外一名

右両名に対する頭書被告事件につき、平成四年一二月二五日、大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、不服を申し立てた理由は左記のとおりである。

平成五年四月三〇日

弁護人 大槻龍馬

同 浅野芳朗

同 岡惠一郎

最高裁判所第三小法廷 御中

第一点 原判決は憲法三一条・三二条・三九条に違反し、かつ判決に影響を及ぼすべき法令の違反ないしは事実誤認があって、破棄しなければ著しく正義に反する。

一、本件控訴趣意の第一点の一は、青色申告取消益である減価償却費を犯則所得として認定した第一審判決は、判決に影響を及ぼすべき法令違反ないし事実の誤認があるとして、その理由を次のとおり掲記した。

1.被告法人は、かねて所轄税務署長より青色申告書提出の承認を受けており、昭和五九年七月六日、二六、二〇〇、〇〇〇円で購入した電子計算機の減価償却に関し、同年一〇月三一日終了事業年度において、普通償却として(耐用年数六年、償却率〇・三一九、期間四月)二、七八五、九三三円、及び租税特別措置法四五条の二所定の中小企業者の機械等の特別償却として七、八六〇、〇〇〇円を損金として計上した(符第二三号、償却資産種類別明細書)。

ところが、被告法人は本件調査の結果に基づき、昭和六一年一二月二六日付をもって、所轄東大阪税務署長により、自昭和五六一一月一日至昭和五七年一〇月三一日の事業年度以降について、遡って青色申告書提出の承認を取り消された(検第八号)。

その結果、前記特別償却は取消され、これによって生じた取消益七、八六〇、〇〇〇円については、昭和五九年一〇月期において、単なる課税所得としてではなくて犯則所得して取扱われ、右取消によって残存価額が増加したため、翌昭和六〇年一〇月期において普通償却の償却不足分二、五〇七、三四〇円が損金として認められた(検察官冒頭陳述書別紙内訳明細書12)。

原判決は、右のような検察官の主張をそのまま認容したわけである。

2.ところで、青色申告書提出承認の取消益が課税所得とされることについては、行政上の措置として是認されるが、それを犯則所得として取扱うことについては、実務上長期に亘って否定され、いわゆる「その他所得」(犯則所得以外の所得)として取扱われてきたし、大槻弁護人が曽って大阪地方検察庁財政経済係検事として在任中も、議論の分かれるところであったが大勢は「その他所得論」が支配していた。

当時犯則所得論の底流には、犯情の悪性を強調するため、犯則所得額をできるだけ多額にしようという考え方があり、その他所得論者は、青色申告の取消が税務署長の裁量処分によって行われること、しかもそれが遡及して行われることから課税処分はとも角として刑事処分の対象にまで拡げることには異論があるという考え方であったと理解している。

その後、犯則所得額の多寡が、調査に従事した査察官の成績の判定に直接影響するためにこれに対応する競争意識から発したものか、実務上においても青色申告取消益を犯則所得として取扱うようになり、最終的には、昭和四九年・五〇年に至り、最高裁判所でこれが支持されるところとなった〔昭四九・九・二〇第二小法定決定(昭四七年(あ)第一三四四号)・昭四九・一〇・二二第三小法廷判決(昭和四七年(あ)第三一九号)・昭和五〇・二・二〇第二小法廷判決(昭四九年(あ)第八八四号)〕。

なお、余談ではあるが、いわゆる概括的認識説も、右のような競争意識から案出されて来たもののように思われる。

3.右のうち、昭四九・九・二〇第二小法廷決定は、次のように判示している。

「おもうに青色申告承認の制度は、納税者が自ら所得金額及び税額を計算し自主的に申告して納税する申告納税制度のもとにおいて、適正課税を実現するために不可欠な帳簿の正確な記帳を推進する目的で設けられたものであって、適式に帳簿書類を備え付けてこれに取引を忠実に記載し、かつ、これを保存する納税者に対して特別の青色申告書による申告を承認し、青色申告書を提出した納税者に対しては、推計課税を認めないなどの納税手続上の特典及び各種準備金、繰越欠損金の損金算入などの所得計算上の特典を与えるものである。ところで、被告人は村松愛作が被告会社マルアイの業務に関してなしたように、法人の代表者が、その法人の法人税を免れる目的で、現金売上の一部除外、簿外預金の蓄積、簿外利息の取得及び棚卸除外などによりその帳簿書類の取引の一部を隠ぺいし又は仮装して記載するなどして、所得を過少に申告する逋脱行為は、青色申告承認の制度とは根本的に相容れないものであるから、ある事業年度の法人税額については逋脱行為をする以上、当該事業年度の確定申告にあたり右承認を受けたものとして税法上の特典を享受する余地はないのであり、しかも逋脱行為の結果として後に青色申告の承認を取り消されるであろうことは行為時において当然認識できることなのである。したがって、青色申告の承認を受けた法人の代表者がある事業年度において法人税を免れるため逋脱行為をし、その後その事業年度にさかのぼってその承認を取り消された場合におけるその事業年度の逋脱税額は、青色申告の承認がないものとして計算した法人税法七四条一項二号に規定する法人税額から申告にかかる法人税額を差し引いた額であると介すべきである。」

すなわち右判決は、青色申告法人が現金売上の一部除外、簿外預金の蓄積、簿外利息の取得、棚卸除外をし、その帳簿書類に取引の一部を隠ぺい又は仮装して記載するなどして、所得を過少に申告するのは、一方において法人税法一五九条の逋脱行為をしていることであり、他方において同法一二七条一項三号の青色申告承認の取消事由を発生せしめていることであるというのであって、法人税法一五九条の正規の法人税額は、右承認の取消を考慮に入れ青色申告書以外の申告書として計算したものか、それとも、青色申告書として計算したものか、別言すれば、逋脱にかかる所得額計算においていわゆる青色申告の取消益を算入すべき(積極)か否か(消極)の問題点に対し、積極の判断を示したものである。

しかし弁護人はいわゆる青色申告取消益は、犯則所得となるものではなく、右判例の趣旨を踏まえた情状的事実に過ぎないものであると確信するので、以下その理由を述べ貴裁判所の御高断を求める次第である。

4.まず、本件各確定申告にかかる法人税逋脱の罪は、偽りその他の不正行為により納付すべき税額を申告納付しないで、納付の各期限(昭和五八年一二月三一日、同五九年一二月三一日、同六〇年一二月三一日)を経過したときに成立するものであり、原判決も各犯罪の既遂の時期に関しては右の見解に従った認定をしている。

しかし各犯罪の成否及び犯罪の量(逋脱税額)は、右各時点における納付すべき正当な税額と確定申告にかかる税額との差額によってきまるものであるから、青色申告書提出承認が取り消された当該事業年度開始の日に遡ることが法で定められていても(法人税法一二七条一項本文)、それは単なる税法上の問題であって、後になって犯罪でなかった行為が犯罪となったり、あるいはすでに成立した犯罪の量が増減したりするようなことは刑罰法規の解釈上あり得ないことである。

5.前記最高裁判決は、青色申告者が偽りその他不正行為によって税を免れようとした場合には、その承認の取消を待つまでもなく、当然青色申告承認の効力は消滅し、税務署長の取消は単なる確認行為に過ぎないという考えに基づくのであろうか。

そのようにでも解しなければ理に合わないのである。

6.そこでさらに青色申告承認の取消の性格についての考察する必要がある。

青色申告承認の取消は、法人税法の規定により所轄税務署長の裁量処分として行われるものであって、覊束処分として行われるものではない(法人税法一二七条一項本文)。

勿論国税犯則取締法や刑事訴訟法上の行為でもない。

青色申告者が偽りその他不正行為によって税を免れようとしたときは、法人税法一二七条一項が青色申告承認の取消事由として掲げる「その事業年度に係る帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し、その他その記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があること」(第三号)に該当するわけである。

そして青色申告承認の取消が裁量処分であるということは、右のような取消事由が発見された納税義務者のうち取消されるものと取消されないものとに分けられることになる。

現実には調査の結果によって、法人税法一二七条一項三号の青色申告承認取消事由が発見された事案は多数存するが、その大半は承認取消となっていないものと考えられる。

一例を挙げると、曽って新日本製鉄株式会社が八三億円の申告漏れにより、過少申告加算税、重加算税を含め三〇億円に近い追徴税を賦課され、青色申告承認取消事由が存在することが明白であるのに、その承認が取消されていないことは、当時の新聞記事と同社の事業報告書によって認められる。

重加算税は、法人税法第六五条一項の規定(過少申告加算税)に該当する場合において、納税者がその国税の課税標準等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときに、当該納税者に対し、課せられるもので(国税通則法六八条一項)あるから、重加算税を賦課されたということは、当然青色申告承認の取消事由が存在したものと考えられるからである。

取消事由がある事実の中から取消と不取消を決定することは、行政機関である税務署長の専権によるもので、それは逋脱の犯情と関係なく、行政的見地に基づいて裁量的に行われるものである。

ところで、税務署長が承認を取消したときは、行為者が予見したことが実現したことになるが、承認を取消さないときはどう考えたらよいのだろうか。承認を取消さない処分がなされたときは、青色申告の特典は失われず、取消益が発生しないのであるから、この部分について逋脱犯は成立する余地がなく、勿論この部分を犯罪として処罰することはできないのである。

そうすると、承認を取り消さないという税務署長の処分は一旦成立した逋脱犯を消滅させてしまうことになるのだろうか。

あるいは、青色申告の承認を取消された者だけが、遡って犯罪を構成するというのであろうか。

前記青色申告者が偽りその他不正行為によって税を免れようとした場合には、その承認の取消を待つまでもなく、当然青色申告の効力は消滅し、税務署長の取消は単なる確認行為に過ぎないとする考え方は、法人税法一二七条一項三号の青色申告承認の取消事由のある納税者につき、青色申告承認の取消がなされない事案に対しては合理的な説明はできないのである。

前記最高裁判決は、行為者の悪性と青色申告承認取消とを結びつけるための理論に集中してしまい、青色申告承認の取消事由が存在してもその取消が行われない場合の有無についての審理を盡くさないで結論を急いだきらいがある。

いずれにしてもこのような理論は刑罰法規が認めないところである。

現実には行政機関の裁量行為によって青色の取消要件が揃っているのに、その取消がなされない事例が数多く存在し、その分については刑罰法規の介入の余地がないのであるから、青色の取消益についても、刑罰法規の作用を拡張してこれに介入させなければならない理論的根拠は希薄であって、行政的判断に基づく行政的懲罰処分に委せるだけで十分であり、前記最高裁判所の判例は法秩序維持にこだわり、些か気負いすぎの誤った解釈といわなければならない。

よって青色申告取消益である減価償却費を犯則所得と認定した原判決は判決に影響を及ぼすべき法令違反があるものといわねばならない。

而して弁護人は、右主張事実を証明するため、弁第一一号証ないし弁第二九号証の取調を求めた。

二、原審は右弁護人が取調請求したすべての証拠を取調の必要なしとして却下したうえ、次のとおり判示して前記控訴趣意を棄却した。

「論旨は要するに、被告人日之出金属熱錬株式会社(以下「被告会社」という。)が昭和五九年七月購入した電子計算機の減価償却に関し、後に青色申告の承認が取り消された結果として、その特別償却が取り消され、ために、原判決はその取消益七八六万円を犯則所得として取り扱っているが、青色申告取消益は犯則所得に当たらないと解すべきであるから、原判決にはこの点において判決に影響を及ぼすことの明かな法令の解釈適用の誤りがある、というのである。そこで所論及び答弁にかんがみ検討するのに、青色申告の承認を受けた法人の代表者がある事業年度において法人税を免れるためほ脱をし、その後その事業年度にさかのぼってその承認を取り消された場合におけるその事業年度のほ脱税額は、青色申告の承認がないものとして計算すべきものと解されるから、所論のいう青色申告取消益は犯則所得に当たることが明らかである。所論は、青色申告者が脱税した場合に青色申告の承認が取り消されるとは限らないことなどを指摘して、この解釈が不当である旨るる主張するのであるが、所論には賛同できず、原判決には所論のいう法令の解釈適用の誤りは認められないから、論旨は理由がない。」

三、本件控訴趣意は、前記最高裁判例は、青色申告者が脱税した場合、常に青色申告の承認が取り消されることを前提としているものであるから、もしその前提を欠くときは自らその結論も変らざるを得ないとするものであり、これに同調した第一審判決には、法令ないしは事実誤認ありと主張するものである。

従って前記最高裁判例は、青色申告者が脱税した場合、常に青色申告の承認が取消されるという事実を前提としているのか、それとも前提としていないのかについての判断が示されるべきであり、もし、前提としているというのであれば、現実にその前提事実が充足されているかどうかを調査したうえで結論の当否が示されるべきであり、さらに前提としていないのであれば、その前提がなくても同じ結論を導き得る理由が示されるべきである。従って本件は事実の存否と法令の解釈とが、密接に絡み合っているので、これを切離して結論を下すことができない事案である。そしてその理由が示されることこそ裁判を信頼する当事者の最大の期待である。

原判決が控訴趣意のうち、事実問題を取り上げず、単に法令違反に絞ったうえ、前記のとおり、主張を立証するための証拠調べも行わず、最高裁判例の判示を敷き写しにしたうえ、「所論には賛同できない」というのは審理不盡の譏りを免れないのみか判決に理由を附さないことに該当し、違法なものといわなければならない。

もし、上級審の裁判所における判断が下級審の裁判所を拘束する旨の法律規定により、原審におけるような審理や判決が容認されるとすれば、最高裁判所判例に反する主張をする場合は、如何に詳細な事由を並べてみてもこれにまともに対応した判断が示されなくてもよいことになり、三審制度は最高裁判所だけの一審限りの裁判となってしまい、憲法三一条の法定手続の保障は侵害され、同三二条の国民の裁判を受ける権利を奪われたことになってしまうのである。

四、弁護人が原審において取調請求をした弁第一一号証ないし第二九号証は、いずれも青色申告者が脱税した場合、常に青色申告の承認が取消されるものではないという事実を立証しようとするものである。

国税庁は、事務煩鎖しさしたる特典もない青色申告に消極的な納税者に対し、青色申告を勧奨し、納税者のうち青色申告者の占める率の向上に努力するよう各税務署に対して督励しながら、大阪弁護士会長から照会された「一、昭和六一年一月一日から平成三年一二月三一日までの間において青色申告承認をうけている法人のうち、重加算税を賦課された法人の数、二、前項のうち、青色申告承認を取消された法人の数」について、「いずれも計数を把握していないため回答を致しかねるという回答をしている。(弁第一一、一二号証)

上級官庁として右の計数を把握しているのは当然のことであって、もし回答のように計数を把握していないとすれば、甚だしい職務怠慢である。

また国税庁は、大阪弁護士会長から照会された「新聞記事一ないし一三によれば、清水建設(株)・三菱商事(株)・石川播磨重工業(株)・三菱信託(株)・キャノン(株)・三井信託(株)・日新製鋼(株)・大和証券(株)・(株)長谷工コーポレーション・(株)フジタ・(株)三和銀行・朝日住研(株)・ユニチカ(株)・東京国税局管内の四〇九社などの多数の法人が重加算税を賦課されたことが報道されているが、一、右各法人が重加算税を賦課された事実の有無、二、右事実の存する法人で、青色申告承認を取消された法人の数」について「国家公務員法一〇〇条及び法人税法一六三条により回答に応じかねるという回答をしている。(弁第一三、一四号証)

ところが、前記新聞報道(写を末尾添付)は、いずれも国税当局より入手した情報であることは明らかであるのに、適正裁判の資に供せんする弁護士法第二三条の二第一項の照会に対しては、いわゆる守秘義務を盾にして回答を拒むことは公益上の見地に合致するものとは到底言い難いところである。

そこで弁護人は、前記清水建設(株)以下一三社に関しては各社に対し、東京国税局管内の四〇九社に関しては東京国税局に対し、新聞に報道された重加算税の賦課の有無ならびに青色申告承認取消の有無について弁護士法の規定に基づく照会手続をしたが、いずれも目的に沿う回答が得られなかった。(弁第一五号証ないし第二八号証)

弁護人は、原審においてこれらの取調を得たうえ、裁判所から国税当局への照会を求めるつもりでいたところ、原審はその証拠調の請求を却下したので、その立証の目的を達することができなかった。全く遺憾という他はない。

さらに弁護人は、法人税法違反被告事件が現に大阪高等裁判所に係属中の新田汽船株式会社が、三事業年度で六一、一九七、〇〇〇円の重加算税を賦課されながら、青色申告承認は取消されていない具体的事例を立証するため、同会社の右事実に関する証明書(弁第二九号証)取調を求めたが、これ亦却下されたのである。

五、原審は、須らく控訴審として固有の立場において、前記のような訴訟当事者が期待している理由を示すべきであり、これを示すためには、どうしも弁護人請求の前記証拠を取調べなければならないところ、逆に右証拠調をすれば当然に理由を示さなければならない羽目に陥ることから、あえてこれを回避して証拠調をしないで、前記のように最高裁の判示を敷き写しにして判決に理由を附したような型式を整えたものに過ぎず、到底信服できるところではない。

かくて右のような手続により本件控訴を棄却した原判決は、憲法三一条・三二条に違反し、かつ判決に影響及ぼすべき法令の違反ないしは事実誤認があって破棄しなければ著しく正義に反するものであるから到底破棄を免れない。

六、原判決は、前述の外、憲法三九条、三一条にも違反する。

1.原判決は、前述の通り、青色申告取消益を犯則所得に含ませるについて理由らしき理由を附さず、ただ「青色申告の承認を受けた法人の代表者がある事業年度において法人税を免れるためほ脱行為をし、その後その事業年度にさかのぼってその承認を取消された場合におけるその事業年度のほ脱税額は青色申告の承認がないものと計算すべきものと解される」とのみ述べるだけであるが、その理論的根拠を青色申告承認取消処分の遡及効に求めているものと思料される。

2.しかし、右遡及効は課税手続上において右取消処分の効果が遡及するということのみを意味するだけであって、それによって確定申告当時未だ有効な青色申告承認が取り消されていなかったという事実が何ら変更されるものではないこと即ち裁判時に認定し得る確定申告時の事実関係が「青色申告承認がなかったもの」となるのでないことは自明である。

そして、課税手続上の事実としての青色申告承認がなされその承認の取消事実の存在しない場合、租税特別措置法四五条の二所定の中小企業者の機械等の特別償却費を損金として計上し青色申告書を提出することは当然の事理であって、その事自体に於いて「不正行為」と見られるべき要素は存しない。又、後日の青色申告承認の取消が所轄税務署長の裁量処分として行われて覇束処分として行われるものではなく、右裁量処分の基準は甚だ不明確であって、前記新聞報道によると数々の重加算税を課せられた巨額の申告洩れ事件についても当該法人に対し青色申告承認の取消がなされていないのではないかと疑われる状況があり、之は国民にとって右裁量は恣意的であるとすら理解せざるを得ない状況を生じており、かかる現状では、なおさら右課税手続上の事実関係に於ける青色申告書の提出を「不正行為」とみなすべき理由は全くないのである。之を「不正行為」とする理解は、課税手続上の事実といわば「生の事実」としての課税要件的事実を混同しているものと言わざるを得ない。青色申告の承認、同承認の取消という課税手続上の事実の存否こそが当該青色申告申告行為の適法、違法を分ける分水嶺なのである。

因みに、前述のとおり、国税庁はその職務上当然に把握しているはずの重加算税を賦課された法人のうち青色申告承認を取り消された法人の数についての大阪弁護士会長からの照会に対してすら甚だ不誠実な回答をなすのみであって青色申告取消についての裁量基準を国民の目に触れさせないようにしているのである。

3.以上の通り、青色申告書の提出行為はその時点に於いて適法であったにも拘わらず、後日の青色申告取消処分によって、之により生ずる課税手続上の取消益を犯則所得することは、右適法な行為を遡及的に違反行為として処罰するに等しく憲法三九条に違反すると言わざるを得ない。そして、右遡及効を生じさせるのは所轄税務署長の裁量処分であってその裁量基準が前述の通り不明確極まりないことを考慮する憲法三一条に反することも明らかである。従って、青色申告取消益を青色申告承認取消処分の遡及効に基づいて犯則所得とする原判決は憲法三九条、三一条に違反している。

第二点 原判決は、判決に影響を及ぼすべき法令違反ないし事実の誤認があり、破棄しなければ著しく正義に反する。

一、原判決は控訴趣意第一点の二の1について次のように判示してその主張を斥けた。

「論旨は要するに、被告会社が購入した機械設備のうち控訴趣意書添付の別表掲記のものは、いずれも被告会社において昼夜を分かたず高熱の状態を保持しながら使用するものであって、これらの損耗著しい機械設備はいわゆる増加償却の対象となるものであるから、被告人としてはこれらにつき資産として計上しないで材料費、修繕費、消耗費等経費支出として処理しても実質的にはそれほど変わらないと思っていたから、これらの部分(ただし、起訴対象年度外に経費処理しているものを除く)については被告人に脱税の犯意がないので、原判決にはこの点において判決に影響を及ぼすことの明かな事実の誤認がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査して検討するのに、被告人の調査・捜査段階における供述を含む関係証拠によれば、被告人が所論のいう機械設備を含め被告会社が購入した機械設備を資産として計上しないで経費として処理したのは、他の架空経費の計上と同様、脱税の手段として、すなわち脱税の犯意で、なしたことが明らかであり、所論の言う機械設備についてはこのような処理が税法上許されると考えていたという趣旨の、被告人の原審及び当審公判供述は関係証拠と対比するとたやすく採用できない。してみると、原判決には所論のいう事実誤認は認められず、論旨は理由がない。」

二、右のように原判決は、被告人が被告会社の購入した機械設備を資産として計上しないで経費として処理したのは脱税手段として、すなわち脱税の犯意でなしたことが明らかであるとし、このような処理が税法上許されると考えていたという趣旨の被告人の供述の信用性を否定しているものであるから、その判断が誤っていることを説明するため、まず被告人が右のような経理方法を採用した動機及びこれに関する専門家である税理士、所轄税務署の担当官の助言や容認等について以下控訴趣意を再論することとする。

(一) 本趣意書添付別表「機械設備調査表」は、検察官請求番号九ないし一三、四五、四九ないし五一の各査察官調査書中の機械設備調査票より、検察官冒頭陳述書別紙内訳明細書に記載された機械設備を材料費として処理したもの(番号1の<3>)、機械設備を修繕費として処理したもの(番号3の<2>)、機械設備を消耗品費として処理したもの(番号5の<2>)に該当するものを拾い上げて作成したものである。

(二) 右別表掲記の機械設備は、減価償却資産の耐用年数等に関する省令別表第二によれば、いずれもその耐用年数は八年ないし一〇年で、被告人会社は定率法を採用しているから、普通減価償却の率は、別表第一〇により〇・二五ないし〇・二〇六である。

ところが、右別表掲記の機械設備はすべて被告人会社において、年中昼夜を分かたずかつ高熱の状態を保持しながら継続して使用するものであるからその損耗は著しく、その実際の使用可能期間は、省令で定められた耐用年数よりも遙かに短いのである(原審第一三回公判における被告人の供述参照)。

(三) 法人税法施行令第六〇条は「通常の使用時間を超えて使用される機械及び装置の償却限度の特例」として次のように規定している。いわゆる増加償却の規定である。

「内国法人が、その有する機械及び装置(そのよるべき償却の方法として定額法又は定率法を採用しているものに限る。)の使用時間がその内国法人の営む事業の通常の経済事情における当該機械及び装置の平均的な使用時間を超える場合において、当該機械及び装置の当該事業年度の償却限度額と当該償却限度額に当該機械及び装置の当該平均的な使用時間を超えて使用することによる損耗の程度に応ずるものとして大蔵省令で定めるところにより計算した増加償却割合を乗じて計算した金額との合計額をもって当該機械及び装置の当該事業年度の償却限度額としようとする旨その他大蔵省令で定める事項を記載した書類を、当該事業年度に係る法第七十四条第一項(確定申告)の規定による申告書の提出期限(法第七十二条第一項(仮決算をした場合の中間申告書の記載事項)に規定する期間について同項各号に掲げる事項を記載した中間申告書を提出する場合には、その中間申告書の提出期限)までに納税地の所轄税務署長に提出し、かつ、当該平均的な使用時間を超えて使用したことを証する書類を保存しているときは、当該機械及び装置の当該事業年度の償却限度額は、前二条の規定にかかわらず、当該合計額とする。ただし、当該増加償却割合が百分の十に満たない場合は、この限りでない。」

(四) さらに法人税法施行規則第二〇条は「増加償却割合の計算」について次のように規定している。

「令第六十条(通常の使用時間をこえて使用される機械及び装置の償却限度額の特例)に規定する大蔵省令で定めるところにより計算した増加償却割合は、同条に規定する平均的な使用時間をこえて使用する機械及び装置につき、千分の三十五に当該事業年度における当該機械及び装置の一日当たりの超過使用時間の数を乗じて計算した割合(当該割合に小数点以下二位未満の端数があるときは、これを切り上げる。)とする。」

2 前項の機械及び装置の一日当たりの超過使用時間とは、次の各号に掲げる時間のうちその法人の選択したいずれかの時間をいう。

一 当該機械及び装置に属する個個の機械及び装置ごとにイに掲げる時間にロに掲げる割合を乗じて計算した時間の合計時間

イ 当該個個の機械及び装置の当該事業年度における平均超過使用時間(当該個個の機械及び装置が当該機械及び装置の通常の経済事情における一日当たりの平均的な使用時間をこえて当該事業年度において使用された場合におけるそのこえて使用された時間の合計時間を当該個個の機械及び装置の当該事業年度において通常使用されるべき日数で除して計算した時間をいう。次号において同じ。)

ロ 当該機械及び装置の取得価額のうちに当該個個の機械及び装置の取得価額の占める割合

二 当該機械及び装置に属する個個の機械及び装置の当該事業年度における平均超過使用時間の合計時間を当該事業年度終了の日における当該個個の機械及び装置の総数で除して計算した時間

(五) 右規則に従って被告法人備付の機械及び装置について普通償却の割合と増加償却を加えて償却割合を仮に計算すると次のとおりである。

(一) 耐用年数一〇年の期間設備

(イ) 普通償却 〇・二〇六

(ロ) 増加償却(一〇〇分の三五に一六を乗ずる) 〇・五六

合計 〇・七六六

(註)被告会法人においては、年末年始(八日間)・五月の連休時(四日間)・八月の盂蘭盆時(四日間)及び一〇月の体育の日の前後三日間、合計一九日間(被告人の昭和六一年八月二九日付、質問てん末書添付の昭和六一年度日之出金属熱錬株式会社カレンダー参照)は、機械設備を使用しないが、他の事業場と異なりその他の日曜祝祭日には機械設備を稼働させているので、一日当たりの平均的な使用時間を八時間とし、平均超過使用時間を一六時間として計算した(この超過使用時間計算は、毎日曜日を休日としている他の事業場における超過使用時間の計算よりも、厳しい低めの計算結果となっている。)

(二) 耐用年数八年の機械設備

(イ) 普通償却 〇・二五

(ロ) 増加償却 〇・五六(前記と同じ)

合計 〇・八一

(六) 右によれば、耐用年数一〇年の場合は、初年度で〇・七六六を償却し、残り〇・二三四のうち〇・〇五を減じた(償却可能限度額に関する施行令六一条の規定)〇・一八四を二年目に償却することになるから、その償却は二年目の当初の三月で終了する計算となる。

また、耐用年数八年の場合には、初年度で〇・八一を償却し、残り〇・一九のうち〇・〇五を減じた〇・一四を二年目に償却することになるから、その償却は二年目の当初の二月余で終了する計算となる。

(七) ところで法人税法施行令一三三条は次のように規定している。

「内国法人がその事業の用に供した減価償却資産で、前条第一号に規定する使用可能期間が一年未満であるもの又は第五十四条第一項各号(減価償却資産の取得価額)の規定により計算した取得価額が十万円未満であるものがある場合において、その内国法人が当該資産の当該取得価額に相当する金額につきその事業の用に供した日の属する事業年度において損金経理をしたときは、その損金経理をした金額は、当該事業年度の所得の金額の計算上、損金に算入する。」

即ち事業の用に供した減価償却資産で、提要年数が一年未満又は取得価額が一〇万円未満のものを事業の用に供したとき損金経理をしたときは、その損金経理をした金額は損金に算入されるという趣旨である。

(八) 耐用年数が一年未満であれば、損金経理をしたときは損金算入が認められ、一年三月であれば、減価償却資産として計上しなければならないとなると、僅かの差が重大な結果をもたらすことになるので企業家としては真剣に対処しなければならない重大事である。

被告人が、原審第一三回で供述するように被告法人の熱処理機械及び装置は、「外壁は一〇年でも一五年でももつが、枢要な内部の部品は二月、三月、半年、遅くても三年位したら大体取り替える。」と述べ(四丁裏~五丁裏)、「本件で犯則として取扱われている熱処理機械及び装置を資産として計上しないで、消耗品費・材料費として損金処理することは、昭和三二年一〇月、東大阪市高井田で日之出高周波工業(株)を設立したころ、大阪の古い同業者に同人が行っている経理処理の方法を教えてもらい、これを参考として、昭和三三年頃から長期に亘ってこれを踏襲して来た。その間東大阪税務署勤務の稲田係官及び大倉・土井・森本・小林各税理士にもこのことを説明したし、所轄税務署の担当官が税務調査のため来社した時には税理士に立ち会ってもらって実情を説明してもらったり、税務署へ説明に行ってもらったりした。税理士は、大阪国税局でプリントしたものをもらって来て、三年ぐらいで周期的にあかんようなものは、そういうふうな処理をしたらええということであった。」と述べている(一七丁表~一九丁表)。また右のような処理の是正について、昭和三三年依頼、本件査察調査を受けた昭和六一年までの間において、税務調査の際、担当官から特別の指摘、指導を受けたこともなかったとも述べている(二〇丁裏)。

(九) さらに法人税法施行令第五七条は「内国法人は、その有する減価償却資産が次に掲げる事由のいずれかに該当する場合において、その該当する減価償却資産の使用可能期間を基礎としてその償却限度額を計算することについて納税地の所轄国税局長の承認を受けたときは、当該資産のその承認を受けた日の属する事業年度以後の各事業年度の償却限度額の計算については、その承認に係る使用可能期間をもって前条に規定する大蔵省令で定める耐用年数(以下この項において「法定耐用年数」という。)とみなす。」と規定し、三号に「当該資産が陳腐化したことにより、その使用可能期間が法定耐用年数に比して著しく短いこととなったこと」を掲げている。

(一〇) 税務に関する専門家である税理士(税理士法第一条)としては、被告人から前記のような説明を受けた場合、当然に増加償却の申請を考えついた筈であるが、この手続をとったとしても、前記のように一年余にして償却が終了してしまうので、結局被告人の行っている経理処理と実質的にはあまり差がないものと考え、あえて増加償却の手続をしなかったものと推測される。

また所轄税務署の調査に際しては、担当官が経費支出などを調べ、機械設備の内容については、二四時間稼働分もあり割増し償却しても同じことだけどというふうな話でそれ以上立ち入った話しはなかったのである(前同二〇丁裏)。

(一一) 以上の事実を総合考察すると、被告法人における熱処理関係機械について、被告人がこれを減価償却資産として計上しないで、消耗品費・修繕費として経費計上したことによって、被告法人の法人税の逋脱を図ったとする犯意は認められない(但し、別表一のうち、起訴対象年度以前の<1><7>及び機械の検収引渡時よりも、前の事業年度において経費計上した<3><5><10><12><13>は除く)。

被告人は増加償却の手続申請について税理士の助言を受けたこともなければ、所轄税務署の担当者から申告方法に対する是正の勧告や指導を受けたこともなく、被告人が長期に亘って行って来た経理処理は実務上何ら問題はないものと確信していたのである。

前記各税理士も被告人の行っている経理処理は実務上の常識として許容され、所轄税務署においても容認しているものと考えていたことから、増加償却の手続の存することを知りながら、その必要がないものとの見地から被告人にその手続を奨めなかったものと思われるから、税法に通じない被告人がこれによって法人税逋脱の責任を問われるようなことは全く不幸な出来事であると言わざるを得ない。

被告人は原審において、裁判官から「あなたとしては、この起訴された事件については起訴された通りに認めますということでよろしいんですか」と尋ねられ、「はい。・・・起訴されたのをみな認めるかということについては、どない言うて返事してええか分かりませんけどね。今先生方にいろいろ弁護してもらっておるのが実情でして、国税局のほうで言われていることが、一〇〇パーセントその通りかと言われると、いえいえと私は言いたいような気がしますけど」と応え、「そういうように言いたい気持ちの裏付けとなるような物的な証拠ですね、これは提出することはできないでしょうか」と尋ねられ、「先生によう聞きもって、また連絡さしてもらいます」と答えたままで終わっている。

被告人としては税務専門家の税理士からも税務署の調査官からも是正の指導・勧告も受けないでいきなり犯則といわれることに納得できないのは当然であろう。

三、原判決は、被告人が被告会社の購入した機械設備を資産として計上しないで経費として処理したのは、脱税の手段であるから、脱税の犯意でなしたことが明らかであると認定している。

しかし、損耗の著しい増加償却の対象となるような機械設備については資産として計上しないで、材料費、修繕費、消耗品費等経費的支出として処理したとしても実質的には変わらないので、租税回避となるものではなく、単に一般に定められた経理処理手続を履践しなかったに過ぎない。

原判決は、まず資産として計上しなかった機械設備が増加償却の対象となる資産に該当するかどうかの判断をすべきであるのに、これをしていない。

被告人は国税査察官や検察官に対して被告会社が購入した機械設備を資産として計上しなかった動機について供述しているが、増加償却の規定を知らないまま答えているのであるから、それが一般に定められた経理処理に反するため脱税目的でなしたものと一方的に決めつけられてしまったものに過ぎない。

被告人が増加償却の規定を知っておれば当然税理士にその手続を依頼していた筈である。税法に詳しい国税査察官としては、被告人から止むなく資産計上しなかった旨の供述を聞いたら増加償却の方法があったのではないかとの反問をする筈であり、これに対する被告人の応答は、そのような方法があることを当時知っていたら、脱税と疑われるような経費への振替計上をしないで増加償却の手続をとったのに残念ですということになったであろう。検察官の取調においても同様である。

もしこのようなやりとりがなされたとすれば、その供述の中から脱税の犯意を認めるような質問てん末書や供述調書が作成されるようなことはあり得ない。

原判決は、被告人が資産と経費とを振替処理したことだけに目を見張り、その動機について耳を傾けることもなく、資産として計上しなかった機械設備が増加償却の対象となる資産に該当するかどうかの判断をもしないで、被告人の調査・捜査段階における供述を信用できるものとして、たやすく脱税の犯意を認めている。調査・捜査の段階での供述と、法廷の供述が相反するとき、そこには当然理由が存在する筈であって、その理由を十分に検討するのが公判審理の本領である。原判決は、全くその検討を省略しており、審理不盡、採証の法則の違反により事実を誤認したもので破棄しなければ著しく正義に反するものである。

第三点 原判決は、判決に影響を及ぼすべき法令違反ないし事実誤認があり、破棄しなければ著しく正義に反する。

一、本件控訴趣意第一点の二の2は有姿除却について、つぎのとおり主張した。

(一) 次に別表一の<6>・<11>・<16>の機械について付加して述べる。

<6>のRXベース浸炭プロセッサー制御装置は、いわゆる製作第一号機であって、昭和五九年一月、設置して使用を始めたが同年夏期に至って熱に弱く全く機能を果たし得ないことが判明したので、間もなく、取り外したまま放置していたが、昭和六〇年秋購入先の岡谷鋼機(株)に手動に取り替えさせた(被告人の昭和六一年六月六日付質問てん末書第一九問答、同年一〇月三日付質問てん末書第八問答)。

<11>の自動ビッカース硬度計MVKIE(特)No.三〇〇四は、購入当初より使用不能で現在までそのまま放置している。

右機械のメーカーである明石製作所は、金属硬度計のメーカーとして業界一といわれているが、右製品は不良品で、被告法人が購入した一号機を含めた五台を製作しただけで、不評のため製造が中止されたことを、被告法人の取締役品質管理部長今井康雄が聞知している。

<16>のデータパックも購入したものの間もなく使用に耐えなくなりそのまま放置している。右データパックは五〇トン・一〇〇トンの万能引張試験機二台に取りつけ、重量をデジタル表示するものであったが、これが使用できなくなってからは従前使用していた目盛表示を用いている。

以上の三品目は、被告法人において購入直後から使用を廃止しており、今後通常の方法により事業の用に供する可能性は全くないのみならず、却ってその取外しや処分には運搬費等の費用を必要とするものである。

(二) 法人税基本通達7-7-2は、次のように規定している。

「次に掲げるような固定資産については、たとえ当該資産につき解撤、破碎、廃棄等をしていない場合であっても、当該資産の帳簿価額からその処分見込価額を控除した金額を除却損として損金に算入することができるものとする(昭五五直法2-8追加)。

(1) その使用を廃止し、今後通常の方法により事業の用に供する可能性がないと認められる固定資産

(2) 略

(三) 右はいわゆる有姿除却の規定であって、前記三品目はいずれも増加償却の点において犯意を欠くのみでなく、右(1)に該当するので、<6>及び<16>については、昭和五九年一〇月三一日現在において、<11>については同五八年一〇月三一日現在において、それぞれ有姿除却が確定しているのであるから、たとえ取得の際資産としての計上処理をしないで、修繕費等として経費処理をしていたとしても、右各事業年度末においては除却の対象となっていたものであって、右経費処理のまま申告したとしても法人税を逋脱したことにはならないし、勿論被告人には逋脱の犯意もなかったものである。

弁護人は原審において、さらに弁論で次のとおり証拠関係を明らかにした。

控訴趣意において有姿除却を主張している次の三点について述べる。

1.RXベース浸炭プロセッサー制禦装置

昭和五九年一月、岡谷鋼機から五〇〇万円で購入し、設備のうえ使用を開始したもの。

被告人は質問てん末書で

(一) 昭和五九年、浸炭炉の制禦装置をコンピューター付に変えた。しかし、制禦装置は工場の温度が高く、コンピューターが完全に作動せず、昭和六〇年秋、岡谷鋼機に引取らせた。(検一五〇号、昭和六一年六月一二日付、二五問答)

(二) 光洋リンドバーグ社製のオールケース炉の炉外に有信什器(株)製の浸炭プロセッサー制禦装置を取付けたが、機械装置としての資産計上はしなかった。(検一六八号、昭和六一年九月二六日付、一四問答)

(三) 岡谷のRX浸炭プロセッサー制禦装置は、光洋のオールケース一号機に取付けた。しかし効果が上がらず、昭和六〇年一二月ごろ、炉外装置の一部を無償で取り替えさせた。

オールケース一号機と連動して現在正常に動いている。(検一七〇号、昭和六一年一〇月三日付、八問答)

と供述しており、当法廷では、

取付当時は作動していたが、夏期に入り、四五度・五〇度近くなると制禦装置が作動せず、手動でせなあかんということで取除いた。

弁第九号証写真四二は取除いたあと鉄板で蓋をしたものである。(第二回公判記録七丁)

写真の赤枠で囲んだ部分(四角の鉄板で蓋がされ鋲でとめられている)が悪いということになると、付帯するほかのものも悪いわけである。(第三回公判記録九丁)

と供述している。

右によれば、当初五〇〇万円で購入して、オールケース一号機に取り付けた制禦装置は、間もなく正常に作動しなくなったので取除かれていていわゆる有姿除却に該当し、被告人が質問てん末書で現在正常に動いているという制禦装置はその手動の調節計によるものである。

2.自動ビッカース硬度計、MVKIE(特)NO三〇〇四

昭和五八年一〇月、明石製作所から三八八万円で購入のうえ使用を開始したもの。

被告人は質問てん末書(検一七七号、昭和六一年一〇月一七日付、三問答)で、右硬度計を資産として計上せず、硬度計の修理費として処理したと述べ、当公判廷で、右硬度計は、金属硬度計の業界一のメーカーである明石製作所の一号機であって、弁第九号証写真四三のテレビの右側に写っている三点の機械であり、初め少し使っただけで使用不能となり、明石製作所に修理させたが、修理不能でうまく噛み合わないのでそのまま放置していると述べている。(第二回公判記録九丁)

右によれば、右硬度計が有姿除却の対象となることは明らかである。

3.データバック

昭和五九年七月一一日、東京衡機製作所から二八〇万円で購入し、取り付け使用したもの。

被告人は質問てん末書(検一八〇号、昭和六一年一〇月二二日付、八問答)において、「データバックは、五十屯・百屯の万能引張試験機二台に取付けた処理装置である。昭和六一年一〇月二日付で作成された写真撮影報告書のうち一連番号<19>(記録二〇九八丁)の写真でハカリの横にある機器及び、昭和六一年七月三日付で作成された写真撮影報告書のうち一連番号<20>(記録二一三八丁)の右端に写っている機器が東京衡機製作所から購入したデーターバックである。したがった現在正常に稼働中である。」と述べている。

しかし当公判廷では、データーバックは、引張試験機に取付けて金属加工製品の耐久力を計る計器であって、従来の手計算の代わりに、読み易いデジタル表示式の計器を取り付けたところ、使い始めから半年か一年でデジタル表示がダメになり、その後は又もとの計器による手計算をするようになった。弁第九号証写真四一の中央部の被写体のキーのある部分の上の横枠のデジタル表示部分が使用不能となったので、写真のように放置したままである旨供述している。(第二回公判記録一〇丁)

従って被告人が質問てん末書で、一〇月二日付写真<19>というのは、同じ記録二〇九八丁の写真<20>を誤って指示しており、従来正面のハカリの目盛を見て手計算を行っていたのを、デジタル表示に変更するとともに自動的に各種の計算をした結果が用紙に印字される装置としたが、それが作動しなくなったので、元通りの正面に写っているハカリの目盛による手計算に戻ったわけである。なお質問てん末書の中で七月三日付写真で指示したとされている<20>(記録二一三八丁)は写真撮影てん末書二枚目(記録二一二七丁)によっても明らかなようにCVDが設置された横の作業室の写真であって、データバックと全く関係ないものであり、査察官が<59>(記録二一五八丁)を誤記したものでないかと思われる。被告人が「現在も正常に稼働中である」と述べているのは、万能引張試験機二台が正常に稼働しているという趣旨であって、これは目盛式計器によって正常に操作されていることを指すもので、デジタル表示式計器によって操作されているものでないことは弁九号証写真四一によって明らかである。

査察官の被告人に対する質問の目的は、本体である機械が現に稼働中であるかどうかを明らかにしようとしたもので、本体に取り付けた計器の有姿除却については全く気づいていないので質問の対象となっていない。

このことは、データーバックと全く関係のない写真<20>を被告人がデータバックであると指示説明したという質問てん末書の内容になっていることからも言えるのである。

被告人が、当公判廷で裁判官から「あなたの調書を読むと、その点の質問を受けて、正常に動いておりますというふうに答えているんだけれども、そういう記憶ありませんか」との質問に対し、「機能については話はなかったと思っています」と答えているのは首肯できるところである。(第三九回公判記録九丁裏)

従って右デジタル表示式データーバックが、有姿除却に該当することは言うまでもない。

4.以上列挙した1ないし3の機械は、いずれも有姿除却に該当するものであるから、被告人はこれらを減価償却資産として計上したうえ、有姿除却の損金処理をなすべきであるが、そうしないで修繕費として損金処理をしているのであって、結果的には不正はない。

従って、これらを減価償却資産として計上しないで、修繕費として損金計上をしたことだけを捉えて犯則行為と認定した原判決の事実誤認は明らかである。

二、右に対し原判決は次のように判示して主張を斥けた。

「論旨は要するに、控訴趣意書添付の別表掲記の機械設備のうち一部のもの(同表番号<6>、<11>、<16>)は被告会社において購入後ほどなくして使用を廃止し、また、今後通常の方法により事業の用に供する可能性がなかったから、いわゆる有姿除却の対象となるものであって、これらについては資産計上をせず、修繕費として経理処理をして申告しても法人税をほ脱したことにならないし、脱税の犯意もないから、原判決にはこれらの点において判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りないし事実の誤認がある、というのである。

そこで、所論及び答弁にかんがみ記録を調査して検討するのに、所論のいう三つの機械設備が果していわゆる有姿除却の対象となるものか否か証拠上疑問が残る(とりわけ別表<11>、<16>)ものの、仮にこの点は所論に則って検討してみても、これらの機械設備を購入した際に資産として計上せず、したがって、使用不能になった段階でもとより有姿除却の方法による正規の処理をしたわけではなく、購入費に相当する金額を修繕費等として経費処理するなどということは許されないと解され、また、この処理が脱税の手段としてなされたもので、被告人に脱税の犯意があったことは前示のとおり肯認できるから、原判決には所論のいう法令適用の誤りないし事実誤認は認められず、論旨は理由がない。

三、原判決の誤り

1.先ず原判決は、控訴趣意において主張した「三つの機械設備が果していわゆる有姿除却の対象となるものか否か証拠上疑問が残る(とりわけ別表<11><16>)。」と判示している。

原審において弁護人は、有姿除却対象機械については、弁第九号証の写真により、

(一) RXベース浸炭プロセッサー制禦装置(写真四一) 別表<6>

(二) データバック(写真四二) 別表<16>

(三) 自動ビッカース硬度計、MVKIE(特)(写真四三)別表<11>

の三点を明らかにしたうえ、弁論要旨において有姿除却の対象である理由と証拠を掲げて詳述した。

これに対し原判決は、何ら理由を示さないで「有姿除却の対象となるか否か証拠上疑問が残る」と判示している。弁護人は弁論で証拠関係を詳述しているのに、一体どの点において証拠上疑問が残るというのか、全く切捨御免の判示といわなければならない。

原判決がとりわけ疑問が残るという機械設備調査表<11><16>については、査察官が写真の指示を誤って質問していることを弁論で具体的に指摘しているのであって、弁護人は裁判官の被告人に対する質問を聞き、査察官の誤った質問てん末書を鵜呑みにした質問であると知り、その是正のため、弁論の機会を与えて頂いて、証拠関係を書面で詳述したのにそれが黙殺されてしまっているのである。

2.次に原判決は、被告人が

(イ) 機械設備を購入した際に資産として計上しなかった

(ロ) 使用不能になった段階で有姿除却の方法による正規の処理をしなたっか

(ハ) 購入費に相当する金額を修繕費等として処理した

ことをもって、脱税の犯意があったことが肯認できるというのである。

先ず右有姿除却対象の機械は、増加償却の対象ともなり得るものであるから、これを購入したとき資産として計上せず、購入費に相当する金額を修繕費等として処理したことをもって、直ちに脱税の犯意を認めることが不当であることは、第二点で述べた通りである。

原判決は、使用不能になった段階で有姿除却の方法による正規の処理をしなかったことをもって脱税の犯意を認定するひとつの根拠としているが、この論理は税法の基本を没却したものである。

税法には「所得なきところに課税なし」の原則が存在する。

右の例では、課税当局は、当初修繕費等として処理されていた損金を否認し、機械設備を資産に戻して益金を計上することによって修正損益計算書、修正貸借対照表を作成し、右益金を所得として課税するわけである。

ところが、資産に戻すべき機械設備が有姿除却により無価値であるならば、資産に戻して益金を計上することができないことは当然であって、客観的に所得が発生する余地はない。従って課税原因がないのであって、かりに脱税の犯意があったとしても脱税の結果は発生しないのである。

原判決はさらに使用不能になった段階で有姿除却の方法による正規の処理をしなかったというのが、正規の処理をしなかったから有姿除却を認めないという法的根拠は存在しない。任意償却といわれる法人の減価償却について、正規の処理をしないで、後日これを主張することができない場合とは異なる。

原判決は、売上などの収入金の一部が公表帳簿に記載されていない場合、正規の処理がなされていないからという理由によって、これを収入金に加えることができないなどとは考えないであろう。

正規の処理をしなかった場合、益金については勿論、損金についても共に実質に則って、修正したうえ、修正損益計算書、修正貸借対照表による所得を算出し、これに対する課税が行われるべきであって、所得を増加させる益金部分のみ修正し、所得を減少させる損金部分は手を触れないで放置するというような勝手なことは許されない。健全性を要求される企業会計の目的に鑑みても当然のことであって、そうでなければ実質上粉飾決算となってしまうのである。

以上述べたとおり原判決は、有姿除却の事実を誤認し、税法の解釈を誤っており、破棄しなければ著しく正義に反するものである。

第四点 原判決は判決に影響を及ぼすべき事実誤認があり、破棄しなければ著しく正義に反する。

一、本件控訴趣意第一点の三は、第一審判決が高野賢次郎に対する支払の一部を架空と認定した事実誤認につき次のとおり主張した。

1.原判決は、次表のとおり被告法人の高野賢次郎に対する支払金の一部を架空経費と認定した。

<省略>

2.ところで、被告人谷口弘は、高野賢次郎に対する公表上の支出金額には、処理名目において実際と異なる部分が若干あるが、現実に同人に全額を支払っていて、何ら水増しはないのが真相であると強く弁解するものである。

原審においては、弁護人にその旨説明したが、弁護人より証拠上その弁解が認められる可能性が少ないと説得され、仕方なく情状として主張してもらうこととしたというのである。

3.そこで調査段階における被告人の供述について検討することとする。

被告人はこの点に関し本件調査段階において、次のように供述している。

(一) 第一回目(昭和六一年六月一七日)

○高野は、石川島播磨のサービス部に在職し、昭和四〇年頃から付合っている。

会社の使用している真空炉などは、石川島と播磨の製品を岡谷鋼機から購入している。その修理は、岡谷鋼機に依頼すればよいのだが、岡谷鋼機は商社だから修理代が高くなる。そこで度々修理に来てくれていた高野に直接機械修理を頼むことになったが、高野はサラリーマンで、個人では請求書等が書けないので、会社へ来てもらった時、修理代を聞いて支払う際の代金の請求書や領収証を作るのに高野と相談して高野興業のゴム印を作った(昭和六一年六月一七日質問てん末書第三〇問答)。

○請求書・領収証は、被告法人の常務取締役谷口昌が高野から金額を聞き、請求書の原稿を考え、事務員が清書している(前同第三一問答)。

○代金は全部現金で支払い、正しく経理している(前同第三三、三四問答)。

○高野の住所は、ゴム印の住所に間違いないので本人に確かめてもらいたい。

但しお願いがある。高野に修理を頼んで代金を払っていることは間違いないが、もし調べられる場合には、石川島播磨や岡谷鋼機にはわからないようにしてほしい。私の会社の税金の調査で高野の身分を壊したくないのでよろしく願う(前同第三五問答)。

(二) 第二回目(昭和六一年一〇月三日)

○高野に支払った修理代を会社の経費として落とすため、会社で高野興業高野賢二郎の請求書及び領収証を作っていた。そのとき実際に支払った代金に水増しして請求書・領収証を作った経費として落としていたが、そのことについては次回に詳述する(昭和六一年一〇月三日付質問てん末書第一三問答)。

なお第一回目と第二回目との間において、昭和六一年七月八日付の高野賢次郎の質問てん末書が作成されている。

(三) 第三回目(昭和六一年一〇月二二日)

(1) この日の質問てん末書は、「本件調査が始まったころ、高野に対する支払いは正しいと述べたが、事実でない。本日述べていることに訂正する。」との答から始まっている。

そして査察官は、昭和六一年一〇月一六日付岩崎亘男作成の査察官調査書(高野興業に対する支払)」「五四/一一~六〇/一〇金銭出納帳六綴」「五五/一一~六〇/一〇銀行勘定帳五綴」「各炉変成炉各機械修理記録一綴」を示して被告人に供述を求めたことになっている。

(2) 前記昭和六一年七月八日付高野賢次郎の質問てん末書末尾には、同人の手帳の写が添付されているが、被告法人の真空炉の修理に赴いた日を特定するに足る記載はなく、査察官は被告法人の経費明細帳から高野に支払った修繕費を書き出した「支払明細書」(これも末尾に添付されている)を示して説明を求めているが、高野は「私が個人で日之出で仕事をしたのは年四回位で、受け取った金額も部品代込みで一回三〇万円程度である。ここに記載された金額は絶対受け取っていない。」「本日帰社してすぐ私の行動表を調べて貴局へ送らせてもらう」と答えている。しかしその後行動表が送られたかどうか不明である。

(3) 被告人は、高野には石川島汎用機サービス(株)に内緒で好意的に修理に来てもらっており、高野が持って来た部品の大部分は、高野が他の工場等へ行った時、役得として正式の承諾もなく持帰ったものと推測しており(もし高野が他から買って来た物であれば、当然その売主の領収証を呈示してくれた筈である。)、高野が査察官に真実を語り得ない立場にあることを熟知していたから、もし被告人が真実を固守すると、高野を窮地に陥れることになるので、これを庇うため、第三回目(一〇月二二日)における査察官の質問に対しては、「あなたの方でわかっているとおり書いて下さい」と答えただけで、あとは査察官が勝手に質問てん末書を作ってくれたと述べている。

さらに査察官作成の「高野興業に対する支払」と題する調査書を示してその内容を尋ねられたようなことはないし、高野賢次郎の質問てん末書末尾添付の「高野賢二郎(高野興業)経費明細帳本社押証6、修繕費勘定」と題する三枚の書類は、今回控訴趣意書作成に際して部から示されて初めて見る次第で、若干費目間で調整したものはあるが、この記載どおりの金額を高野に支払っている。高野が持って来た部品やモリブデンなどはこれに記載されているとおりで、架空や水増しはないと述べている。

(4) 被告人の高野に関する第三回目の質問てん末書及び第四回目の質問てん末書(昭和六一年一〇月二四日付)の内容は、高野に対する個々の支払内容について認めるか否かの答弁が全くなされていない。

従って検察官が主張し、原判決がこれを認めた高野に対する公表支払計上分のうち、架空であると主張される分については、被告人として供述したこともなければ、査察官よりその区分を明らかにした書類を示して供述を求められたこともない。

被告人の質問てん末書は、昭和六一年五月二七日から前記同年一〇月二四日までの間に既に三六通の多数に及んでおり、会社業務にも支障を生じかねない状態であり、加えて高野の立場を考え、査察官まかせの質問てん末書に署名捺印したものである。査察官においても後日被告人が異を唱えることはあるまいと安易に考え、高野の供述を主軸として自己の判断をも加え(高野はいつも一人であって二人以上のことはなかったことなど)検討不十分のまま杜撰な質問てん末書を作成したものと考えられる。

(5) 以上の事情に鑑みると、公表計上額が支払の実額であるという被告人の弁解の信用性の方が、高野の供述の信用性よりも遙かに大であるから、被告人の弁解に反する第一審判決の認定については合理的な疑いを挿まざるを得ないのである。

二、右に対し原判決は次のとおり判示してその主張は斥けた。

「論旨は要するに、原判決は被告会社の高野賢次郎に対する公表上の支出金額の一部を架空経費と認定しているところ、被告会社は同人に対しその金額を実際に支出しているから、原判決にはこの点において判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査して検討するのに、被告人の調査・捜査段階における供述を含む関係証拠によれば、高野に対する公表上の支出金額は実際に全額が同人に支払われたものではなく、本件脱税の一環として水増しされた部分を含むことが明らかである。所論は被告人のこの供述の信用性を争い、全額実際に支払ったとする被告人の弁解供述をこそ信用すべきであると主張するが、被告人の調査・捜査段階における供述は、高野の調査・捜査段階における供述に符号するのみならず、同人への支払いの際は被告人の方で「高野興業」なる名称の印判を作り、請求書や領収書を作成していた事実に徴しても、その信用性に疑いを差し挟む余地がなく、これに反する被告人の前示弁解供述は到底信用できないから、所論は採用しえない。論旨は理由がない。

三、原判決は、前記のごとく「被告人の調査・捜査段階における供述を含む関係証拠によれば、高野に対する公表上の支出金額は、実際に全額が支払われたものではなく、本件脱税の一環として水増しされた部分を含むことが明らかである」と判示しているが、控訴趣意でも述べたように、被告人の昭和六一年六月一七日付国税査察官に対する質問てん末書によれば、「高野に対する公表上の支出金額は、全部現金で支払い、正しく経理している」(第三三、三四問答)旨供述しているのであって、原判決が「被告人の調査・査察段階における供述は、高野の調査・捜査段階における供述に符号する」というのは、証拠を無視した独断といわねばならない。

さらに原判決が、「高野への支払いの際は被告人の方で『高野興業』なる名称の印判を作り、請求書や領収書を作成していた事実に徴しても、その信用性に疑いを差し挟む余地がない」と判示しているが、前記被告人の昭和六一年六月一七日付国税査察官に対する質問てん末書によれば、

○高野はサラリーマンで、個人では請求書が書けないので、会社へ来てもらった時、修理代を聞いて支払う際の代金の請求書や領収証を作るのに高野と相談して「高野興業」のゴム印を作った。(第三〇問答)

○請求書・領収証は、被告法人の常務取締役谷口昌が高野から金額を聞き、請求書の原稿を考え、事務員が清書している。(第三一問答)

○高野の住所は、ゴム印の住所に間違いないので本人に確かめてもらいたい。

但しお願いがある。高野に修理を頼んで代金を支払っていることは間違いないが、もし調べられる場合には、石川島播磨や岡谷鋼機にはわからないようにしてほしい。私の会社の税金の調査で高野の身分を壊したくないのでよろしく願う。(第三五問答)

などの各供述があって、右供述は高野に対する支払いが、被告会社にとっては経費として処理できるとともに、高野にとっては裏収入となって、本来の収入と綜合課税の対象とならないような配慮を具体的に示すものである。

いわゆる変名支出であって実質は経費的支出に属するものであり、支出先は相手方の立場を考慮して架空名義ではあるが、支払い自体は現実に行われているものである。

このような処理は、経済社会において企業の維持防衛のため、まま行われていることであって、原判決はこのような経済社会の実情について認識を欠くため、その後の同年七月八日、高野賢次郎が、自己の裏収入に対する課税及び石川島播磨や岡谷鋼機に裏収入が露見することを惧れ、被告会社からの裏収入を否定したことは同人の身上から十分窮知できるところであるのにこれに気づいていない。

そして右高野の供述内容を聞いた被告人がその後の同年一〇月三日の取調時において、高野に迷惑がかからないようにするため、「高野に実際に支払った代金に水増しして請求書・領収証を作って経費として落としていた」旨、前記高野の供述に符号するように当初の供述を変更していることは、調書の作成日時・供述内容を検討すれば容易に理解できるところであるが、原判決はこの点に気づいていないか、もしくは黙殺している。

税法事件では、双方の利害が対立することがまま存在し、そのため供述も相手の立場を考慮するか否かによって変遷することがあるので、その真偽を判定するためには、対立する利害の内容を詳細に把握しなければならない。

右のような場合国税査察官は、高野に対し、裏収入を認めたら高野の所得税について追徴課税をしなければならない旨申し向け、そうなると、石川島播磨や岡谷鋼機に裏収入が露見することがあると言って脅したうえ、これを否定させて被告会社の架空支払の証拠とする手法を用い、高野は自己に有利になるために迎仰し、被告人においても今後も高野の世話にならなければならないところから、巳むなく真実に反して架空支払を認めて穏便に妥協しようとして供述を変更せざるを得なかったと考えるのが常識である。

原判決がかような真実に気づかず本件を架空支出による脱税行為と認めたのは、畢竟経験則を欠くことに基づく証拠の価値判断の誤りにより、事実を誤認したものであって、破棄しなければ著しく正義に反するものと言わねばならない。

第五点 原判決の量刑は不当に重く破棄しなければ著しく正義に反する。

一、量刑不当に関する控訴趣意は次のとおりである。

1.本件の特色と量刑について

(一) 原判決は、次の内容の法人税逋脱の事実を認定し、被告法人を罰金五、七〇〇万円、被告人谷口弘を懲役一年一〇月(三年間執行猶予)に処した。

<省略>

(二) ところで、前記第二点において述べたとおり、被告法人においては、多額の機械設備を購入したうえ、これを減価償却資産として計上せず、材料費・修理費・消耗品費等として損金に計上したことが、犯則行為と認定されているが、このことは損金の先取り計上として違法とはいうものの、他の一般査察事件においてよく行われている逋脱手段である架空仕入、売上除外等によるいわゆる裏金作りとは全くその内容を異にし、その資金はすべて被告法人の事業に注ぎ込まれているのである。

しかもその額は次の表に示すように極めて多額である。

<省略>

すなわち、かりに事実誤認の主張が認められなかったとしても右累計金額四三六、八四六、六〇〇円は、前記逋脱所得額の合計額五八八、九四五、六六〇円の七四パーセント強となり、その差額は一五二、〇九九、〇六〇円という少額であるから悪質の度合いは著しく軽減されるべきである。

右の事実は本件の特色であり、本件量刑上格別の考慮が払われて然るべきものと考えられる。

2.簿外経費について

(一) 原判決は、被告法人が、取引先の(株)マツウラと通謀して、ステンレス材等の材料を架空請求させ、大日製作所平邦二郎名義で現金を還元していたものとする検察官の主張に従って次のとおり犯則所得を認定してる。

<省略>

(二) 右に把握された外形的事実によれば、いわゆる不正な裏金作りと考えられるので、悪質な犯則手段と認定されても止むを得ないところである。

しかしながら真実は、右工作は被告法人の事業上支出を必要とする経費に充当するための簿外資金作りであったのである。

以下その点について述べる。

(三) 被告法人は、多くの金属熱処理装置を備えつけているところから、かねてより高圧による大量の電力を必要として来たことはいうまでもない。

ところが、関西電力株式会社では、一社に対する最大供給電力について制限をしているため、被告法人においては、熱処理装置の増設につれ、制限内の電力量をもってしては、全装置を稼働することができず、十分な電力供給を受けるためには地下を掘鑿して特別高圧受電装置を完備したうえで、受電申込みをしなければならず、その設備のためには約三〇億円が必要であると見積もられた。

被告法人では、そのような巨額の資金を調達できないところから、関西電力労働組合出身の参議院議員向井長年(昭和五九年五月死亡)及び同盟大阪会長片岡馨(岸昌元大阪府知事の選挙事務長)の両名に相談の結果、かねて東大阪市箕輪四三七番地の被告法人の河内工場を被告法人の電力需要場所として受電申込みをしていた以外に、同所を契約名義人三立電機(株)(本店所在地、寝屋川市高柳栄町一番一三号、代表取締役平岡泰雄)の電力需要場所とした受電申込みをなし、両社名義で各高圧架空引込線により供給を受けた電力をすべて被告法人で使用することにより、最大供給電力の制限量を二倍にする方法を講じたのである。

このような方法は、昭和五二年より始め、その後右両名の協力により順次各最大供給電力量も増加し現在では両社各二〇〇〇キロワットとなっている(弁第三号証ないし弁第八号証)

(四) 右のようなことから、被告人は、昭和五五年、向井長年参議院議員が立候補の時には五、〇〇〇万円、片山馨氏に一、〇〇〇万円を選挙費用として寄付したのを始め、両名生存中に相当額の献金を続けて来た。

片山馨氏に対しては昭和五八年春、岸知事の立候補の際、選挙事務長であった関係上、一、〇〇〇万円宛二回に分けて選挙費用として寄付し、翌五九年同氏が大阪同盟会長の時一、〇〇〇万円を献金した。

右のほか、地元府議会議員、市議会議員に対する中元・歳暮、求人の際の支度費、関西大学の技術研究グループへの寄付金等多額のいわゆる簿外経費を必要とした。

前記架空請求額のすべてではないが、その大半が簿外経費として支出されており、被告人は従前からその余分は将来の簿外経費支出に備え、個人の資金とともに保有を続けて来たもので、そうであればこそ昭和五五年に向井・片岡両氏だけでも合計六、〇〇〇万円を献金をすることができたのである。

被告人は国税査察官に対しこれら簿外経費支出について供述したが、領収証がないため、一切認められなかったのみか、これらは被告法人から被告人に対する貸付金として処理されたため、他の貸付金処理分と併せて被告法人に対し二億一、六〇〇万円(貸付金に対する認定利息と併せて合計二億六、〇〇〇万円)を返還しなければならないこととなり、本件調査終了の時点で多額の個人財産を足してこれを返還した。

被告人の右簿外経費の支出に関する供述は、常識的に考えて決して虚偽とは思えず、その性格上領収証を徴することができず、支出の具体的日時・金額を特定できないため簿外経費として主張立証はできないが、少なくとも情状の上で斟酌を賜るべきものと思料する。

なお、中小企業の経営者が、その取引先の幹部を自宅に招き飲食の接待をするようなことは、常時行われていることである。

被告人もその例外ではない。しかし被告人は被告法人にその経費を支出させたことは全くないことも付加しておく。

3.平井建設(株)関係

(一) 原判決は被告人が被告人の二男の平井克が代表取締役をしている平井建設(株)の資金繰を援助するため、同社の工事材料代を被告法人の材料費及び修繕費に仮装計上していたとの検察官の主張を認め、次のとおり犯則所得を認定した。

<省略>

(二) ところで、平井建設(株)の資金繰を援助するため、同社の工事材料代を被告法人の材料費及び修繕費に仮装計上したということは、文章による説明としては一応理解できるが、具体的事実として考察すると不可解でならない。

平井建設(株)が各工事現場で使用した材料を、各納入業者をして被告法人に納入する材料に仮装して請求させ、その代金を被告法人において支払うことまでは理解できる。この支払代金に対する損金処理は被告会社において行うから勿論支払証憑は被告会社において保管し、備え付けることになる。

しかし、平井建設(株)の方では、法人である建設業者として、当然、工事台帳に工事ごとの請負金額・工事原価等を明確にし税務調査に備えている筈であるが、前記のようにその材料代を被告法人が負担し、その支払証憑が平井建設(株)に存在しないのであるから、同社では工事原価の中にその分を加えることができず、その分だけ利益が過大となるわけである。

これでは平井建設(株)の資金繰を援助することにならないのではあるまいか。

(三) 而して平井克は原審第七回公判期日において、平井建設(株)は被告法人から次のような工事を請負い、工事代金は一、七〇〇万円位残っていると証言している(弁第九号証の写真1ないし40参照)。

(一) 菱江寮改修工事

(二) 自転車置場増築工事

(三) 工事事務室増築工事

(四) 広告塔工事

(五) 外部壁延長工事

(六) 側溝、塀工事

(七) その他営繕工事(草刈、廃棄物回収、ピットの中の止水工、工場内アスファルト工事、ペンキ塗りかえ等)

さらに平井克は、これらの工事代金の代わりに現場での資材、建設工事に必要な材料を現物支給してもらったとも証言している。

そして注目すべきことは、被告法人においてはこれらの増改築工事についてもいわゆる減価償却資産として計上していないし、勿論減価償却もしていない。

平井建設(株)の記帳処理が、どのように行われているのか不明であるが、工事代金一、七〇〇万円位が残っているという平井克の証言に徴しても、被告人は平井建設(株)の資金繰援助のために仮装計上を行ったものではなくて、平井建設(株)に行わせた増改築工事分を、被告法人の簿外の建造物として処理する目的で行ったものであり、法人税逋脱の成立は認められるものの、検察官主張のように平井建設(株)の資金繰りのため、被告法人に対して不利益を与えるような背任的行為をしたとは考えられない。

専ら被告法人の事業の発展隆昌を望む被告人の心情からもそのように解すべきであり、この点において被告人に対し有利に御考察を賜りたい。

4.逋脱事犯処理の実体

一般刑事事犯においては、重大な犯罪であればあるほど、その法益侵害事実は迅速明確に把握されるわけであるが、租税逋脱事犯においては、一般刑事事犯のようにすべての事犯が篩にかけられ、そのうち悪質重大なものが告発・起訴されているのではない。

告発・起訴の対象となるどころか、査察調査の対象にもなっていない大型悪質の逋脱事犯が潜在することは、企業活動が広く国外に発展し、金融機構もこれに附随して拡大している現在の経済機構からみれば当然のことである。

国税査察官の調査対象ではなく、国税調査官の調査対象となっている大企業の調査事案において、査察事犯とは桁違いの多額の修正申告がなされ、その中には高額の重加算税が賦課されてはいるが、告発や起訴はなされていないと思われる新聞報道を知らない人はあるまい(別添一ないし一〇参照)。

会田雄次京都大学名誉教授は次のように述べている。

「日本はODA(政府開発援助)では世界一の拠出額を誇っている。といって、それはあまり自慢になるまい。土木工事や建設費援助など、外国援助ではなく日本援助だと陰口されるほど、日本の関係企業は潤う。その運動によって、官庁も金を出す。役人は出したがる。関係者にチヤホヤされるからだ。ダムだとか橋梁の完成式に招待された官僚たちが、その厚遇に陶然と酔っている姿を私は見たことがあるが、なるほど、これだけもち上げられれば得意になるのは当然と感じたものだ。援助が増えたのはそのためであって、べつに世界を思ったことではない。」(PHP研究所発行・ボイス・平成三年六月号)(別添一一、平成二・四・二四朝日新聞参照)

中小企業だけが重い課税のほかに厳しい刑罰を受け、その税がODA資金として大企業に還流するのは、資本主義社会における競争原理から派生する必然の結果かも知れないが、その不公平が科刑上にまで及ぶことについては、道義的規範の上からみて納得できないところである。

また所轄税務署の調査事案においても、かなり多額の脱税事案が、修正申告だけで処理されている事例はまま耳にするところである。

さらに重要なことは、一般刑事事件においては、いわゆる捜査事件送致義務の原則(刑訴法二四六条)が適用されるが、税務調査事件においてはそのような義務は課せられていないので、この点からも、大口悪質な事犯が、すべてその内容に応じて公平に告発・起訴の篩にかけられているという法律上の保障はない(別添一二、相沢代議士に関する新聞報道参照)。

一般刑事事犯の取扱いのように、大口悪質な逋脱事犯がすべて取上げられ、告発起訴されているものという考え方があるとすればこれは明らかな誤りである。

5.租税体系の変化

従来わが国における直接税の税率が諸外国に比して極めて高く、税収においても直接税の占める比重が間接税のそれよりも大きかったことに対しては各層から批判がなされ、遂にいわゆる税制改革が実施されるようになったことは周知の事実である。

税制改革法によれば、今次税制改革の方針について、「今次の税制改革は、所得課税において税負担の公平の確保を図るための措置を講ずるとともに、税体系全体として税負担の公平に資するため、所得課税を軽減し、消費に広く薄く負担を求め、資産に対する負担を適正化すること等により、国民が公平感をもって納税し得る税体系の構築を目指して行われるものとした。」(第四条関係)としている。

そして、消費税法の施行とともに、所得課税に属する法人税及び所得税の税率が改正された。

そのうち法人税の税率は、改正前の四二パーセントが、平成元年度で四〇パーセント、平成二年度以降において三七・五パーセントに改正されている。

本件は右改正前の事案であって、本件に適用されていた税率が、当時既に税体系全体として税負担の公平を欠いていたことは、前記税制改革の方針によっても明白であって、改正法による税率との差(二パーセント及び四、五パーセント)が適用されると仮定すると、原判決が認定した被告法人はかなりの法人税額の軽減(さらに地方税が加わる)となるのである。

熱心な事業家が昼夜を分かたず、事業の推進に懸命となり、生命を擦り減らすような苦労を重ねて得た所得に対する課税について、不公平感・重税感を抱かせるような租税体系は、おのずから逋脱に追いやる可能性が強い。

事業家は、給与生活者と異り、常に安定した収入を期待することができず、事業が蹲けばたちどころにその収入が零になってしまうばかりでなく、多額の債務を負わなければならないという給与生活者ではとうてい想像できない不安が常につきまとっているわけである。

中小企業の査察事件に対しては、全租税法体系の理解のもとに、法の威厳を示すこともさることながら、このような事業家の立場を考慮し法の愛情を示すことによって、納税義務に対する正しい理解を与えるための量刑を必要である。

参考までに、多摩大学日下公人教授の『「豊かさ」を「幸せ」に繋ぐために、良い税金、悪い税金、働く者の立場に立った「納めて楽しい税金」の提唱』の一節を以下に掲げる。(PHP研究所発行・「Voice October 1990」一〇七頁以下)

○ イギリスでは、昨年正月の税制改革にあたって当時のローソン蔵相が、「もはやイギリスには四〇%以上の所得税は存在しない」と啖呵をきった。累進所得税が五〇%、六〇%とあったのを四〇%で頭打ちにしてしまったのだが、国民負担率としては、そのほかに社会保険負担料があるから、やはりイギリス人は五五%くらいを取られてしまうらしい。しかし、これをもっと下げていかないと、働き者がどんどん外国に出ていってしまう。

たとえばベッカーというドイツのテニス選手は、高所得が上がるようになったらスイスへ行ったきりになってしまった。ドイツの税金で育ててもらったのに、収入が上がりだすとドイツを逃げ出した。一番税金の安いところに働き者が逃げてしまうから、国内にはもらう人ばかりが残って、税金や保険料を出す人はいなくなる。企業も同じで、黒字会社は税金亡命をするし、赤字会社は国内に残る。

これはゆくゆくは世界一律にならなければいけない。日本も国民負担率は三〇%くらいのときが、一番よかったのではないか。

○ 戦後、先進諸国で著しく増加したのは所得税である。その考え方は、金持ちから取って、貧乏人に回す――そうしないと革命が起ってソ連になってしまう。ソ連になるよりは、というので税金を納めるほうも納得したというのが長所だが、もちろん短所もあった。

一つは、何でも国がしてくれるというので、国民がおんぶにだっこをするようになった。いわゆる福祉の行きすぎである。それから、所得税率が高くなったため、ある程度所得が高くなると能力のある人がそれ以上働かなくなる、という弊害。そこで税率が高すぎのではないかと、どのくらいが適当か、という議論が出てきた。

アメリカでは、レーガン大統領が最高所得税率を二八%にしてしまった。これは少し下げすぎじゃないかという声も出ている。アイアコッカも自分の本のなかで、「二八%払ったあとは全部自分のものだが、ちょっとこれは気が咎める」といっている。それなら始めからそんなに高給を取らなければいいのに、といいたくなるが、いずれにせよ、所得税の水準が下がるのは世界的な傾向である。

レーガンが挙げた理由は、<1>税収があると国家は乱費するから、民間に残したほうが経済発展によい。<2>税率が高いと節税のための産業が発展するが、それは不健全だ、というもので、私が第三の理由を付け加えると、<3>所得税は国家と国民の仲を悪くする税金だと思う。

6.被告人の年齢・経歴・性格・環境・本件犯行後の情況等について

(一) 被告人は、大正三年七月一四日に出生しているので現在七五才(現時点では七八才)の高齢者である。

被告人は名門奈良県立畝傍中学校卒業後、昭和一〇年一月、現役兵として八日市飛行第三連隊に入隊し、翌一一年秋、現役満期除隊、昭和一三年七月応召、翌一四年七月復員、昭和一六年七月応召、同二一年七月シンガポールより復員するまでの間、約九年間軍役に服し、昭和一九年には陸軍航空兵曹長に昇進していた。

被告人は、一般兵科と異なる航空兵科にいたため、幹部候補生となる機会もなく、永い軍役生活を下士官で送ったが、この間に忠節・礼儀・武勇・信義・質素の軍人精神を全身全霊に叩き込まれ、後輩にもこれを引継いだ。

被告人が県食糧公団の勤務を辞し、昭和三二年一〇月、被告法人の前進である日之出高周波工業(株)を設立したのは、自分の力で社会に役立つ事業を始めたいという軍隊で体得した積極性によるものである。

被告人の念頭には、同業者に負けない優秀な技術による製品を作ることが終始離れず、その研究とともに、企業採算を第二段としてつねに最新式のいわゆる一号機を備え付けることに関心を持ち続けて来た(被告法人の特許関係資料については原審で取調済)。

そのため、被告法人の熱処理加工技術は業界でも定評があり、会社概況の主な納入先に掲記されているように、新家工業(株)・大阪機工(株)・金井重要工業(株)・光洋精工(株)・コクヨ(株)・住友電工(株)・立石電機(オムロン)(株)・(株)トープラ・NTN東洋ベアリング(株)・ナカバヤシ(株)・日立造船(株)・松下電器産業(株)・松下電工(株)・三菱重工業(株)等々上場一流企業をはじめ、多数の優良企業から発注を受けており、その信用は絶大であり、又これらの企業が多種多様であるため、被告人の産業界における貢献とも評価できよう。

本件で、交際費限度額を超過して損金不算入とされた額は、昭和五八年一〇月期・五、〇七〇、五八〇円、昭和五九年一〇月期・五、八三二、八八五円、昭和六〇年一〇月期・六、一三三、九八五円、合計一七、〇三七、四五〇円の多額に及んでいる。

これらは被告法人の収入増加・事業発展に直接寄与した支出であり、前記各優良企業との取引が継続できたのも、右支出による効果である。

個人企業ならば当然損金として認容されるべきものであるが、遺憾ながら法人なるが故に交際費限度額を超えたものとして損金不算入となったもので、被告人の個人使用でないから少なくともそこには被告人の事業発展への熱意が看取できるのである。

(二) 被告人はこれと言った趣味もなく、只管軍隊生活で鍛え上げた体力と精神力を被告法人の事業に傾注することに楽しさを感じている人物である。

二四時間ぶっ続けで稼働する機械の騒音と高熱の中で、熱心に労働に従事する工員の姿を現場で見ていると、これらの従業員に被告人の気魄がそのまま乗り移っているような感じを受け、これでこそ上場一流企業からも信用が得られたものと理解できる。

苦労人の被告人が、このような厳しい環境のもとで熱心に労働に従事する従業員に対し、公表の支給以外に何かと特別の配慮をしていることはいうまでもないことである。

被告人が本件当時、被告法人から受けていた役員報酬は一ヶ月八五万円(手取五六万円)であって、同種同規模の企業の代表者とは比較にならない少額で、年二回の賞与を受ける従業員兼務役員と差がなく、その上被告人は被告法人の銀行借入金一一億一、〇〇〇万円の個人保証(保証の枠は一五億円)をしていたのである。

中小企業においては、代表者の企業に対する熱意が企業そのものに対する信頼を獲得するものであり、被告法人はその典型といってよい。

(三) 本件犯行は被告人の企業に対する熱意が脱線したものと言える。

被告人は本件調査によってその誤りを反省し、以後北野博也税理士の指導を受け、今後再び不正を繰り返さないことを強く誓っている。

そして被告人は、被告法人代表者として、本件調査結果に基づいて修正申告をなすと共に、多額の納税を完了した。

被告人は名誉挽回のため、今後益々被告法人の事業を盛り上げ、より多く収入を得て、より多くの納税ができるよう日夜努力を続けているのである。

7.むすび

以上の諸事由を総合考察すると、原判決の量刑については、逋脱の税額の多寡を基準に形式的な判定がなされたもので、実質的な面に考慮を欠いており、不当に重いものといわなければならない。

二、右に対し原判決は次のとおり判示して右主張を斥けた。

「論旨は、原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、本件は、金属熱処理加工業を営む被告会社の代表取締役である被告人が三事業年度にわたり被告会社の業務に関し法人税合計約二億五〇〇〇万円をほ脱したという事案であるが、脱税額、いわゆるほ脱率、脱税の手段・方法等を徴すると、相当に悪質な犯行というべきであって、被告人がこれまで鋭意業務に精励してきたことや本税その他の税金は納付ずみであることなど所論指摘の事情のうち肯認できる被告人に有利な情状を斟酌しても、被告人の刑責・犯情は軽視しがたいといわなければならない。

してみると、被告会社を罰金五七〇〇万円に、被告人谷口に懲役一年一〇月に処し、同被告人に対する右刑の執行を猶予した原判決の量刑が不当に重いなどとは到底考えられない。論旨は理由がない。」

三、しかしながら弁護人は原判決の右判示は到底納得できない。

1.原判決は、前記控訴趣意に掲げる情状に関する諸点について、記録を調査し、当審における事実調べの結果をあわせて検討したというが、これは紋切り型の口上であって、論旨を十分理解して検討されたかどうかに疑問を抱くものである。

弁護人大槻は、検事在官中、財政経済係として直接税法違反、間接税法違反事件の捜査に従事した経験と、弁護士登録後三〇年余の間に一〇〇件を超える査察事件についての弁護の経験を有するものであるが、その経験に基づいて次に税法(主として所得税及び法人税)違反事件の量刑についての参考意見を述べる。

この意見は、常日ごろ仕事を共にしている弁護人ら共通の意見でもある。

2.一般的に税法違反事件は刑事事件になじまない。

税法は通達を含めると極めて厖大なもので、かりに納税者が自己の事業に関係するものに局限しても、すべてに通じることは不可能に近い。納税者の立場からすれば、或る規定を知ってこれに対応した者と知らないで過ごした者とが、課税上大きな差異を生ずることは日常よく聞くところである。

税法違反では、法定の手続をしておれば所得が発生せず課税されないのに、これをしなかったため所得が発生することになり、課税されるばかりでなくそれが逋脱犯の対象とされる例が多い。本件において増加償却の手続をしなかったのがその適例である。

果たしてこのような解釈をしてまで被告人を重く処罰しなければならないのだろうか。

良心がすんなりとは、これを肯定してくれないことを思うと、本来税法違反事件は、刑事事件としての処理になじまないのではないかという懐疑に陥るのである。

シャープ勧告は、重加算税ではまかなえない悪質な脱税行為にのみ刑罰を科し、重加算税と刑罰とを併用することは考えていなかったのである。

3.処罰結果の追跡がない。

一般刑事事件においては、犯罪者に対する処罰結果について多角度からの追跡がなされ、将来の処罰のみならず社会政策に対する参考の用に供されている。

しかし、税法違反事件の処罰についてそのような追跡がなされていることは聞いたことがない。

脱税犯の法定刑が懲役三年以下であった当時のことであるが、弁護を担当した被告人で、検察官の懲役刑の求刑に対し、罰金刑の判決を受けた者は、二〇名を超えている。これらの人々の中にはこれに感激し、その後優秀な納税成績を挙げるとともに、医師・建設業・飲食業等の職業分野において、その社会的使命を自覚し立派な活動をしている人が相当多い。

他方、重刑に処せられた人々の中には、その後職業に対する熱意を失ってしまい、これまでのように汗水を垂らし、命を縮める思いをして事業に打込み、その業績を上げ多額の納税をするよりも、通常の生活ができる程度の収入を得て、のんびりと人生を送ろうとする人がかなり多いことに気づく。

彼此思いを致すと税法事件ではできる限り軽い処罰が適切であるというのが実感である。

処罰結果の追跡をしないで、自信を持った量刑が果してできるのであろうか。

4.不公平観

税法違反事件ほど不公平なものはない。一般刑事事件のように捜査事件送致義務がないこと、調査手続が条文の少ない非近代的な国税犯則取締法によって行われ、人権擁護に欠けていること、これらの現場の実体について検察官も裁判官も認識不十分であることなどの点がその原因となっているのである。その当然の帰結として起訴された事件だけが悪質と誤解しての厳罰主義が優先することになる。

大企業や政治家の脱税事件の取扱いと、一般中小企業者の脱税事件の取扱いとの間に隔差のあることは明らかである。

このことは、本件で国税当局が弁護士会長からの照会に対し、真面目な回答をしなかったことによっても、その一端を窺うことができる。

青色申告を奨励しながら、脱税をした青色申告者のうち青色申告を取消された者と、取消されなかったもの、即ち取消益に対する課税はなく、刑事罰も受けない者との比率すら明らかにしないのは、まさに寄らしむべし、知らしむべからずの時代に逆行しているものである。

このようなことで納得する被告人は一人もいないだろう。大企業や政治家が、国家社会に貢献していることは否定しない。しかし中小企業者は社会に何ら役立っていないと言えるのであろうか。戦前には大御心の慈雨はひとしく国民を霑した。戦後の今日では、国民が平等に国家から恩恵を受け、又国家から平等に愛情の鞭を受けることによって、国家に対する敬愛の念を深めることが望まれるのであって、これこそ憲法一四条の精神に合致することになるのではなかろうか。

5.尊敬できる被告人ら

税法事件の被告人である人達は、どこか優れた特徴を持っていること、アイディアマンで、非常に努力家であることにおいて共通しており、この点が、一般刑事事件の被告人の大部分の人とは本質的に異なっている。弁護活動の中で接触しているうちに逆に人間的に教えられ尊敬の念を抱くようになるのは税法違反事件の弁護人として冥利に盡きるものと感謝している。

6.控訴趣意書で述べた情状に関する諸事項に右述のような考えを併せて考察すると、原判決の刑の量定は極めて重く破棄しなければ著しく正義に反する。

以上詳述した諸事由により原判決を破棄したうえ、相当の御裁判を仰ぎたく本件上告に及んだ次第である。

以上

別表

機械設備調査表

<省略>

<省略>

<省略>

別添一

<省略>

別添二

<省略>

別添三

<省略>

別添四

<省略>

別添五

<省略>

別添六

<省略>

別添七

<省略>

別添八

<省略>

別添九

<省略>

別添一〇

<省略>

別添一一

<省略>

別添一二

<省略>

<省略>

<省略>

平成五年(あ)第一三九号

上告趣意補充書

法人税法違反

被告人 日之出金属熱錬株式会社

外一名

右両名に対する頭書被告事件の上告趣意書第一点につき、左記のとおり補充する。

平成五年一〇月一日

弁護人 大槻龍馬

同 浅野芳朗

同 岡惠一郎

最高裁判所第三小法廷 御中

一、本件上告趣意第一点は、昭和四九年九月二〇日の最高裁判所決定(昭和四七年(あ)第一三四四号)をはじめとする青色申告取消益を犯則所得とする各判例は、青色申告者が脱税した場合、常に青色申告の承認が取消されるという事実を前提としているのかどうかの判断を求めるものである。

そしてもし前提事実としているというのであれば、現実にその前提事実が充足されているかどうかを調査したうえで結論の当否が判断されるべきであり、前提事実としていないというのであれば、その前提がなくても同じ結論を導き得る理由が示されるべきであると主張するものである。

従って右の観点から、事実の存否と法令の解釈とか密接に絡み合っているものと言える。

二、弁護人らは右のような見解から、原審において青色申告者が脱税した場合において常に承認の取消が行われているかどうかの実体を明らかにしたいと考え、弁護士法第二三条の二第一項の規定により、国税庁、国税局に対し、これを照会したが、いずれも計数を把握していないとか、国家公務員法一〇〇条及び法人税法一六三条により回答に応じかねるなどの理由で真摯な回答が得られず、加えて原審は弁一一号証ないし弁二九号証の取調請求を棄却した(別添一ないし一九)。

原審における審理は著しく不盡であり、憲法三一条、三二条、三九条に違反し、裁判官に要請される倫理意識についての欠如とも受け取られるのでやむなく本件上告に及んだ次第である。

三、ところが、九月一八日付日本経済新聞(別添二〇、二一)は、佐川急便の青色申告取消益について「国税庁は税の申告をごました大企業で特に悪質なケースに対し、税務上特典の多い『青色申告』の承認を取り消す制裁措置をとることを決め、第一号として佐川急便(本社・京都市)に適用したことが一七日、明らかとなった。」と報じている。

右の記事については、

1.青色取消の第一号であること

2.その内容は国税庁より日本経済新聞社に提供されていること

の二点が刮目されなければならない。

第一点は、これまで大企業の脱税については青色取消は行われていなかったことが明らかになったわけで、換言すれば青色申告者が脱税した場合常に青色申告の承認が取消されていないことも明かになったという意味で極めて重大である。

もし前記最高裁判例が青色申告者が脱税した場合、常に青色が取消されるということを前提としているならば、当然結論は変更されなくてはならないことになる。

第二点は、国税庁は、国民が裁判所において公正な判断を受けるための資料を得るため弁護士法二三条の二の第一項の規定に基づく照会に対し、回答を拒否しておきながら、新聞を通じこれを公表するというのはマスコミを偏重し、国民が信頼する司法判断を受けることを妨害するものである。

四、弁護人らは大企業の脱税について必ず青色申告取消をすべきであると主張するものではない。政治・経済全体を通じた高次元の観点から適正に運用されているものと信じている。

しかし、多くの脱税者のうち中小企業者で査察調査を受け告発されたものだけが青色申告の取消を受け、しかもその取消益を犯則所得として可罰性強化の資料とすることには法律的にも道義的にもどうしても納得できないのである。

貴裁判所において職権により実情を把握して頂いたうえ、前記一連の最高裁各判例を変更する旨の御判断を仰ぎたいと切望する次第である。

以上

別添一

<省略>

別添二

<省略>

別添三

<省略>

別添1

<省略>

別添2

<省略>

別添3

<省略>

別添4

<省略>

別添5

<省略>

<省略>

別添8

<省略>

別添9

<省略>

別添10

<省略>

別添11

<省略>

別添12

<省略>

別添13

<省略>

別添14

<省略>

別添四

<省略>

別添五

<省略>

<省略>

別添六

<省略>

別添三

<省略>

<省略>

別添七

<省略>

<省略>

別添八

<省略>

<省略>

別添九

<省略>

<省略>

別添一〇

<省略>

<省略>

別添一一

<省略>

<省略>

別添一二

<省略>

<省略>

別添一三

<省略>

<省略>

別添一四

<省略>

<省略>

別添一五

<省略>

<省略>

別添一六

<省略>

<省略>

別添一七

<省略>

<省略>

別添一八

<省略>

<省略>

別添一九

<省略>

別添三

<省略>

<省略>

別添二一

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例